今日も、明日も。変わらないようで、変わっていく家族の日常

車止めを鉄棒のように使って遊んでいる子ども

はじめに

紡ぐ365projectのグループ展では、額装作品「Colors As They Are」と一緒に、2022年と2025年の3ヶ月をまとめたフォトブックも並べています。
「なんでもない日こそ尊い展」では前年のフォトブックを並べることに自然さがあったけれど、その後は育児に追われ、撮影しても“まとめるところまで”なかなか辿りつけませんでした。


それでも今回もう一度フォトブックを作ろうと思えたのは、「Colors As They Are」が2022年の写真に、2025年の刺繍が重なって生まれた作品だったから。


「昔の写真」だけでなく、「今のわたしたち」も見つめたかった。

2022年と2025年の写真を並べることには、この展示ならではの意味があると感じています。
今年のブックには、ところどころ私の言葉も添えています。自分達のフォトブックを何度も見返して楽しむ娘たちが、そして私も、「あの日どんな日だったか」「写真の裏側にあった気持ち」をいつまでも味わえるように。

2022年の365 Project — “可愛い”を追いかけていた日々

2022年に365 Projectを始めたのは、海外のフォトグラファーの日常写真に触れる機会が増え、「自分も鍛錬として毎日撮ろう」と決心したことがきっかけでした。一眼レフを構え続けられたのは技術を磨きたい気持ちもあったけれど、当時4歳と2歳の娘たちがそれ以上に圧倒的に可愛かったから。


幼児体系のむちっとした体、奇妙で愛おしい動き、泣き顔もイヤイヤも、夢中で遊んでなかなか帰れない姿も、全部“今だけのもの”だと分かっていました。週末は家より公園にいる時間のほうが長く、慣れ親しんだ近所の景色でさえ、いつか宝物になるような気がしていた。


この頃の写真は「忘れたくない、愛おしい記録」という色が強く、「こらー!」な状況をチャンス!と捉えることも難なくできるくらい、なんだかんだで可愛さに任せてシャッターを押していました。

2025年の写真 — 写せた日も、写せなかった日も

藁で作ったアート作品の前で座っている男性と歩いている子供

2025年の1〜3月は、“写真を撮ること”も“形にすること”も、以前より少しだけ難しく感じる時期でした。2022年に2冊のフォトブックを仕上げて以来、まとめられないままの写真がずっと気がかりで、「今年も無理かも」とどこかで思っていたからです。

そこで私は、写真と並行して「1日の心に残った瞬間を動画でひとつ残す」という方法を始めました。スマホのDazzアプリで撮れば、撮ったそばから小さな“記録”として完成する。たとえ写真が撮れない日があっても、ひとつの瞬間をすくい上げておけることが、今の自分には救いになっています。

2025年の写真には、2022年のような“全部を肯定する魔法”はもうありません。
幼児の頃は、泣いても癇癪を起こしても、全部「可愛い」で丸ごと包めた。
けれど、小学生の生活が始まると、向き合う出来事も変わってきます。

未就学児の次女と、小学生の長女。
リズムも欲求もそれぞれ違うふたり。
でも次女は「お姉ちゃんと同じがいい」と望む——その間に挟まれるようにして、私は毎日ゆらゆらと揺れていました。

そんな日は、シャッターに手が伸びないこともある。
でもそれもまた、“その時期の私たち”の姿そのものでした。

2025年のフォトブックの裏表紙には、2022年に作った2冊の写真集が本棚に並ぶ一枚を選びました。
娘たちはそのブックが大好きで、ふたりでページをめくりながら「このときこうだったよね!」と嬉しそうに話したり、来客に誇らしげに見せたりしています。

その姿を見るたびに、「撮ってきてよかった」「まとめてきてよかった」と思える。
アルバムが“過去のもの”ではなく、家族の毎日に静かに存在しているのだと感じます。

本棚に置かれた段ボール工作

2022と2025が並ぶことで見えてくるもの

2022年も2025年も、お正月には家族で埼玉に帰省していました。
4人で川の字になって眠ること、朝のヨガ、娘たちの水泳クラブ、窓の外の朝焼けにふと心が洗われる瞬間。


そんな変わらない景色が、いくつもあります。

でも、変わらずに見える日々の中にも、静かに移ろっていくものがあります。
大きくなる娘たちの輪郭、部屋のレイアウト、ランドセルを背負って歩く長女の後ろ姿——暮らしの変化はいつも少しずつやってきます。

この展示テーマ「今日も、明日も。変わらないようで、変わっていく日々のなかで」を考えていたとき、ひとつの気づきがありました。

——私は、受けとめきれない瞬間をうまく撮れなかった。

窓から見える夕焼け

心がざわつく日は、カメラを向ける余裕がなかった。
「このままじゃいけない」と思っているときほど、記録する手が止まってしまう。

でも2年間の写真をあらためて見比べてみると、少しずつ確実に変わっている私たちの姿が写っていました。そのことに気づいたとき、“今のこの姿も、未来の私達にはまた違う景色に見える”という小さな希望のような感覚が育ってきていることにも気づきました。

2022年にも、2025年にも、裸足で外を歩く次女が写っています。2022年には「可愛い」と思えたその姿が、2025年には少し受けとめづらかった。
それでも、独特なサンダルの履き方も、小さな足も、“その日の彼女”だと思って、私はカメラを向けました。

この一枚が撮れた日は、「今はつらくても、きっといつかは変わる」と、どこかで信じられた日だったのかもしれません。

サンダルの足元

このブログを書いていて、ふと2022年の未現像フォルダーを開いたら、TOKYOモニュメントを横切る次女の後ろ姿が出てきました(下の写真)。

お台場のTOKYOの文字モニュメントを通り過ぎる次女

このカットはブックには入れなかったけれど、実は2025年にも同じ場所を通りかかり、その写真が今回のフォトブックに収まっています。

3年のあいだに変わったことも、変わらないこともあって。撮り続けていたからこそ出会えた偶然だなぁと感じました。

どんな写真になっているのか、ぜひフォトブックの後半で探してみてください!

このフォトブックは、未来のわたしと娘たちへの手紙

写真には、“できた日”や“優しくなれた瞬間”もたくさん残っています。長女が妹に寄り添う姿、妹がお姉ちゃんの背中を追いかける眼差し。姉妹の関係も、彼女たちの成長も、毎日とっているからこそ残せた瞬間があります。

プールサイドで妹のゴーグルをつけてあげる姉

このフォトブックが未来の娘たちの手に渡ったとき、「こんなふうに笑っていたんだ」「ママはちゃんと私たちを見ていたんだ」ふと思ってくれたら、それで十分です。


このブックは、“そのままのあなたでいいよ”と私たちにそっと寄り添う、小さな手紙のような存在です。

ページをめくるたび、ふたりが自分自身を少し好きになったり、家族のつながりをあたたかく思い出してくれたら——それ以上の願いはありません。

おわりに — 写真展詳細

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
このブログを通して、写真展 “今日も、明日も” に少しでも触れていただけたなら、とても嬉しいです。

撮れる日も、撮れない日もあるけれど、それでも続いていく暮らしの中に、そっと光るものがあることを、写真を通して少しでも伝えられたら嬉しいです。


期 間:2025年12月10日(水)~2025年12月14日(日)
時 間:13:00~19:00(最終日は18:00まで)
入 場:無料
会 場:GALLERY PIENI ONNI(@gallery_pienionni)
主 催:@tsumugu365_百穀レンズフォトグラフィー

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